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心理学

自己中心性を脱皮せざるをえない

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初めは我欲の強い閉ざされた愛から出発しながら、私たちはその本来の意味追求の過程において、その自己中心性を脱皮せざるをえなくなり、その苦しみの後に、自己超越がなされて、より開かれた愛へと発展していく。ある青年は、激しい、しかもみたされない恋の中で、自分も一個の人間だ。彼女も一個の人間だ。その間に差別はない。だから自分本位でなく、彼女本位に生きることだって可能なわけだ。

わが子を愛する親は、他の家庭の子どもにもやはり目を向けなければならなくなるでしょう。恋愛が浄化されて本当に相手を尊重する心になったとき、それは他の人々を尊重する心に広がっていきます。

今の僕にとって、少なくとも自分自身より彼女の方が中心にいる。彼女の人間的発展の前には、僕自身の発展などあまり問題でないような気がする。僕は彼女において幸福でありたい。いや万人と共に心の幸福を味わいたい。この青年にとって、それはたしかに一時の情熱のなせる業でした。しかしこの体験を経た彼は、たしかに「万人と共に心の幸福を味わいたい」という実感が育ったのでした。

自己超越したところにおいて

開かれた愛が、個人的自己の壁をこえ、自己超越したところにおいて、他者と共存するものであることはいうまでもない原点です。ところで、そうした愛の精神にとって、一番問題になるのは、人類全体、いや、人類を含んだこの大自然全体の動きについて、どれだけ信頼がもてるか、ということが基本になります。

キリスト教でいう信愛という徳は一言ではいい表わせないいろいろな深い意味をもっていると思いますが、共同存在意識の立場からいうと信も望も愛も結局はひとっのものだといってよいかもしれません。

ある意味では、私たちは現在、人類のエゴイズムや自然破壊等について、非常な不信感の中にあり、それだからこそ、そうした体制に対してたたかうわけです。そして、そのたたかいの努力をも含めたうえで、最後のところ、人類がそうしたジレンマや危機をのりこえて、自然と共に生きながらえ、自然の流れにおける意味創造ができるという基本的な信頼感あってこそ生きられるのではないでしょうか。

-心理学

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