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宇宙

われわれの宇宙についての認識

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われわれの宇宙についての認識は、一九六〇(七〇年代に飛躍的に深まっていった。そしてその背景には、この時期に数多く打ち上げられた惑星探査機の活躍があった。この時期の活躍は、今において、多くの資産を作っているのである。

NASAが宇宙へ送り出した初期の探査機は、アポロ計画とのかねあいから、パイオニア、レンジャー、サーベイヤーなど、月探査を目的とするものがほとんどだったが、一九六二年、初めての惑星探査機として打ち上げられたのが、マリナー1号、2号である。

目標は金星の近傍を通過することであった。あいにくマリナー1号は軌道飛行に失敗して地上からの指令で破壊されたものの、2号は打ち上げ四カ月半後、金星に三万三千キロまで接近、金星が予想をはるかに超えた焦熱の惑星であることを報告してきた。

地球上空約四〇〇キロの軌道に浮かべる国際宇宙ステーションの建設は襲大な予算なことから、これまで毎年のように存亡の危機にさらされてきたが、いよいよ一九九八年六月より日本を含む世界十六カ国が参加して開始される予定であった。

二十一世紀の宇宙開発は、地球・宇宙・人間についての世界共通の認識にもとづいて進められるべきだという前提を、われわれは肝に銘じておく必要があるのである。

さまざまな実験を行なったり地球観測をする

微小重力や超真空の宇宙環境を利用して、さまざまな実験を行なったり地球観測をする。
完成予定は二〇〇三年。完成すれば、長さ百十メートル、幅約七十五メートル、重さ四百九十六トンの宇宙基地となると言われていた。その一部である日本実験棟(JEM、外径四・四メートル、長さ十一・二メートル)ができると、日本の宇宙飛行士も年二回三カ月程度ずつ滞在。

六四年十一月のマリナー4号(3号は失敗)では目標を火星に切り換え、八カ月後、火星から一万キロ足らずの距離で近傍を通過、二十一枚の写真撮影に成功する。続くマリナー5号は再び金星をターゲットとして、六七年六月に打ち上げられた。

ちょうど同じ頃、ソ連もベネラ4号を金星に送っており、はからずも両国の共同観測の形となった。その結果、金星の表面温度はおよそ摂氏四百八十度という高温であることが確認されたのだった。

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