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コミュニケーション

聴覚が不自由なことを決して嘆かずむしろ誇りを持った人達

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それは放浪者の生活を追った、フランス生まれのドキュメンタリー。一九九五年の夏、映画『音のない世界で』と出逢った時、生まれて初めて、カルチャー・ショックというものを体験しました。彼らは聴覚が不自由なことを決して嘆かず、むしろ誇りを持ち、人生をたっぷり楽しもうとしています。音のない世界に住む人は健聴者にくらべて気の毒だ、さぞ不便だろう、運が悪かったのね、などという見方は大間違いで大偏見だったのです。

これまで言葉、というのは、音を出して喋るものだけだと思っていた自分の無知さ加減に呆然としました。そして、手話による言葉の存在感とその美しさに見とれました。耳が聴こえないことは、その人にとって別段変わっていることではなく、それもまた個性のうちなのです。

スクリーンに登場した先生は、生後十カ月で脳炎にかかり、治療が遅れて聴覚を失いました。彼はさまざまな仕事につき、ろう者の劇団にも参加しました。映画の中で、彼は手のひらと指と顔の表情をフル回転させながら自己表現をします。その雄弁なこと、ユーモアのあること、力強いことにびっくりの連続でした。

子どもたちへの接し方が興味深い

スクリーンに登場したろう学校の先生の、子どもたちへの接し方が興味深かった。ハンディキャップがあるという弱さを自覚させるのではありません。それを乗りこえる強さを自覚させるのです。いたわったり甘やかしたりしないのです。むしろ健聴者の学校の先生よりクールに、容赦なくビシビシと子どもたちを指導していきます。人と人とのフェアな関わり方を教え、引っこみ思案な態度を叱り、はっきりと自分の言葉、を使ってコミユニケーションに参加できるよう、その基本をたたき込むのです。社会の一員として、人間には何が大切かを理解させるのです。

しなやかで個性にあふれていて、手話ってなんてセクシーなんだろうと、目が画面に吸いつけられてしまいました。十九世紀、ヨーロッパでは手話が禁じられた時期があるそうです。官能的すぎるというのが理由のひとつだったというのは大いにうなずけます。

-コミュニケーション

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