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アメリカはテロに対して予防的な立場で応じただけ

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第一次対テロ戦争は二〇年前にレーガン政権が宣言したが、その現実はほとんど認識されていない。イェール大学の刊行物へのある寄稿者(チャールズ・ヒル)は、9・11によって第二次対テロ戦争が始まったと述べた。第一次対テロ戦争について調べ、それが今どのように描かれているかを見れば、現在の対テロ戦争について多くのことがわかる。アメリカはテロに対して予防的な立場で応じただけなのだ。

ある専門家は、一九八〇年代を国家テロの時代と位置づけ、リビアとイランを始めとする国家が執拗に関与し、テロを支援したと述べている。国際司法裁判所と国連安保理(アメリカは投票を棄権)により非難された行動が、タリバンの敵に対するニカラグア式支援のモデルなのだ。我々が勝利した手段を推奨する人もいる。この問題に詳しい著名な歴史家デーヴィッド・ラボボートは、オサマ・ビンラディンのテロの根源に南ヴェトナムがあると言う。

他者のテロから自分を守っているだけだ

他者とは、(南ヴェトナムの)ヴェトナム人、(ニカラグアの)ニカラグア人、リビア人、イラン人(彼らがアメリカの手で少々痛めつけられたところで、全く気づかれない)、そして世界中の反米勢力である。例によって、こうした分析で描かれるアメリカは善良な犠牲者であり、他者のテロから自分を守っているだけだ。テロリストはいたる所で我々を攻撃する極悪人なのだ。

アメリカの支援を受けた国家テロの災褐は一九六〇年代にラテンアメリカ全体に広がり、八〇年代に中米で最高潮に達した。歴史をこのように解釈しない人がいるかもしれないが、そういう人も反米主義者として片付ければすむのだ。その頃、レーガンの対テロ戦争で多大の犠牲者が出た。中米は対テロ戦争の主要な標的だった。一つの標的が中東及び地中海地域だ。一九九三年と九六年にラビンとペレスが行った残忍かつ破壊的な侵攻と同様に、この時も自衛という見せかけもなかった。ここでも、実際に起こったことと言われていることは全く違い、そこからさまざまなことがわかる。

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