雑学

天衣無縫な天女の衣に縫い目がないと言われる

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トイレットペーパーの歴史

天衣無縫な天女の衣に縫い目がないと言われる

のびやかで飾気のない人柄を指して、天衣無縫というが、実際には、周りのことに気を配らず、言いたいことをいうようなやや無神経な人に対しても、皮肉をこめてこのことばを使うこともある。あなたってほんとに天衣無縫な人ねなどと言われたら、考えてみる必要もある。天衣無縫というのは、もともとは文章や詩歌を評することばとして使われていた。天人の衣には縫い目がない、という中国の昔話からきたもので、技巧のあとがなく完成度の高い美しさを指して使われていた。

中国の霊怪録という本に、こんな寓話がある。夏の夜、郭翰という男が庭で涼んでいると、えもいわれぬ芳香が漂いはじめ、目の前にまばゆいばかりの美女が舞い降りてきた。わたしは織女と申します。あなたをお慕いして天上から舞い降りてきました。とほほえむ。郭翰が舞い上がってしまったのはいうまでもない。その日以来、郭翰は夜ごとに訪れる織女を迎えて愛を交わした。ある時、ふと織女の衣を見ると縫い目がまったくない。訳をたずねると、天女の衣は縫わないのですと答えた。

不思議なことに、その衣は彼女が帰ろうとするとひとりでに体に巻きついた。天女のはおった薄衣の流れるような美しさは息をのむほどだったという。この織女は一夜も欠さず郭翰のもとを訪れたが、七夕の夜から数日間だけは姿を見せなかった。夜空にきらめく天の川を渡って、年に一度のデートにいそしんでいたからだ。こんな話は気の毒すぎて牽牛星には聞かせたくないが、何食わぬ顔でデートに出かける織女も、相当に天衣無縫な人がらと言えそうだ。

あんまり使っている人はいない、というかまったく見たことがないのですが
本などでまれに出てくるのが、天衣無縫。天衣無縫とは、とりつくろう必要もないほど見事だといった、ほめる意味で使われる。

天人の衣服には縫い目のあとがないこと。天人の衣服には縫い目の跡がないという言い伝えから転じて、主に詩や文章などを、「わざとらしい技巧の跡が見られず自然で、しかも完璧である」と褒め称えるのに使う。天女の衣服には、縫い目など技巧を加えた跡がないという伝説から。

お坊さんの隠語

昔の仏教界の戒律は厳しいものだった。とにかく、肉食と酒、それに妻帯は許されなかったのだから、楽しいことは何もないといえる。とはいっても、規律があれば、それを破る者がいるのは、坊さんといえども例外ではない。そういうときに必要になってくるのが、仲間だけにしか通用しない、隠語である。酒のことを般若湯というのはよく知られているが、刺し身は歎物、タコはいぼいぼがついている形が似ているところから天蓋、カツオ節は牛の角、ドジョウはピョンピョンはねるので踊りといったようだ。

また、女性のことを慈恵、男性は禅定という。定恵とは男女のことを指す。仲間の僧と深い仲になった女性のことは曲ろく娘といった。曲ろくとは椅子のことで、個人の持ち物というわけだ。今でも粋な坊さんはこの隠語を使っているという。

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