哲学入門

戦いは自分が仲間たちにいかにエライかを示すというたいへん簡単な戦い

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自分が、よい仕事をしている、たくさん仕事をしている、評判のよい仕事をしている、ほとんどの学者が無名なので、言われなければ仲間うちにすらわからない。ですから、たえずそれを「示す」必要がある。

戦いは、自分が仲間たちにいかにエライかを示すというたいへん簡単な戦い。それには、いくつか武器がある。一つは、自分がいかによい仕事をしているか、あるは評判をかち得ているかをストレートに示すという武器。二つ目は、自分が狭い業界いかに認められているかを示すという武器。第三に、他人を脱めることによって自分を相対的に引きあげるという武器。いずれも、火縄銃や竹槍のような簡易な古典的武器です。

著書を献本することは、それを示す強力な武器。著書を献本することは、相手を火縄銃で撃つくらいの攻撃です。そのショック、つまり何も研究なんかしていないと思っていたXが単行本を刊行したというショックから立ち直るのに、全治三日間くらいの人もいるかもしれません。

業界ではエライのだなと思うようになる

狭い専門から五ミリずれたらもうその人の仕事なんかだれも知りませんので、門外漢に対して、専門家集団の中で評価されている証拠を示すという武器。これは、カント事典の編者になること、日本カント協会の評議員になること、日本哲学会の編集委員になること、国際会議で発表すること、新聞のインタヴューを受けること等々、いくらでもやり方はある。こうした眼つぶしや爆竹を門外漢にパンパン投げつづけていると、Yが書いていることはまったく理解できないけれど、たぶんYは業界ではエライのだなと思うようになる。

もう少し攻撃力の小さい武器は論文や翻訳を贈ること。そして、自著にっいての書評をー『週刊読書人』や『図書新聞』のような業界紙に載っても一握りの人以外読みませんのでーわざわざ贈る人もいます。仲間うちと門外漢とを同時に攻撃する(一つ目と二つ目を合わせたような)やり方もよく見られます。

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