雑学まとめ

当サイトでは、明日すぐに友達に話したくなるような、あらゆる情報を紹介しています。

コミュニケーション

大勢の前でのスピーチ

投稿日:

話のしかたも昔はいかにして大勢の前で演説するかを、まず第一に考えたものです。今でもその影響で、話というと、演説とまではいかなくても、テープルスピーチとか式辞を考える人がいます。しかし、時代はもうそのようなところにはとどまっていずに、ますます個人対個人の時代へと進んでいます。

群衆も、デモの場合は別として、同じ思想によって統一されてはおらず、かつてとは違って、はっきりとした個人意識を持った人々の集まりなのです。個人の集団なのです。ここに常に相手がひとりであるつもりで話そうという話術のひとつの根本原則が成り立つのです。

かつての全体主義から大きく転換して、日本は個人尊重主義へと移りました。こうした思想の変化は、日本人の会話に大きな影響を与えています。いかにして群衆にアピールし、群衆を興奮させ、そのなかで、いかにして自分個人を際立たせるかの時代は去って、自分の着実な考えを、どのように正確に伝え、理解し批判してもらうか。その相手がひとりであったり、多数であったりするのです。

大衆に自分の意見を大声で述べる風潮

大衆に自分の意見を大声で述べる風潮は、江戸時代の末期になって、ようやくできたといってよいでしょう。演説とはいえませんが、安政年間に江戸神田の昌平賞の学生が、漢詩にフシをつけて、大きな声で歌うことから始まった詩玲なども、当時としては間接的に自分の気概を他人に伝えるひとつの手段だったものです。

演説というのは、日本ではいつの時代からあったものでしょうか。洋の東西を問わず、最初に考えられるのは宗教の布教です。また、外国の場合は、戦争の時に君主なり諸侯が、国民にアピールするような演説もあったようですが、日本では封建制度で、殿様が戦うと言えばそれまでで、あとは下知に従って、君の馬前で死ぬことだけでした。

明治に入ってからは、自由民権運動の波に乗って、演説が急に盛んになりました。いわゆる壮士を気取り、民権や国会の開設を要求し、政府を攻撃する演説は大衆を煽動する必要がありました。もちろんマイクロフォンもありませんので、大きな声を張りあげなければなりませんでした。その上、言葉の学問は、書かれた文章である文語が基礎になっていましたから、日常の言葉とはまったくかけ離れた、聞いただけではわからない言葉も通用しました。

-コミュニケーション

執筆者:

関連記事

no image

自分の作品がどんなに優れたものであっても

この絵画は、このような目的で描いたものだ、この側面はこのような意味をもっているなどということになると、絵画本来の鑑賞はどうなるのかと最初疑問をもったもの。そのとき昔ある本の中でピカソが、「人は絵画をこ …

no image

心は無理やりに開こうとすると抵抗する

会話は、話す人がハートを開いているかどうかにすべてがかかっています。ハートを開かずに知識や情報の受け売りをしたところで、それは会話とはいえません。自分自身で、ハートを光の方角に向けてやるのです。誰かの …

no image

女性達の会話の話題はいない人の話ばかり

ある統計によりますと、女性の話には時に半分以上が他人の話によって占められることがあるのは、女性の話のあり方や、ものの考え方などを見ていく上で、きわめて意味のあることです。女性は、数人が集まると、ほぼ必 …

no image

モナリザの絵で学ぶ見る人の印象

モナ・リザの絵は、縦が七十七センチ、横が五十三センチ、その割合は約一対〇・七です。この割合で、この切り抜かれたモナ・リザの周囲に、ワクを描いてください。すると、今までのたよりなさは消えて、エリザベッタ …

no image

しゃべりすぎてしまう人は味が薄くなってしまう

話というのは、しゃべりすぎるほど味が薄くなり、誤解の危険性も増してくるものです。危険なのは、だまっていればことを起こさないですむものを、いらないことまでしゃべりすぎるから、「キジもなかずば撃たれまい」 …