雑学まとめ

当サイトでは、明日すぐに友達に話したくなるような、あらゆる情報を紹介しています。

政治

セルビア空爆はまぎれもない人道的介入のケースだと結論

投稿日:

空爆前に殺されたアルバニア系住民は多くはなかったが、これが殺害と民族浄化の大規模な作戦の前触れになること議報機関から示されたからだ。やはり、信頼するに足る情報源は明記されていない。ウィーラーはセルビア空爆はまぎれもない人道的介入のケースだと結論する。NATOの空爆を、日時順に忠実に正当化しようとした数少ない真剣な試みの一つである。

ニコラス・ウィーラーは日時の前後関係に忠実な人で、NATOの空爆より前にセルビア人がアルバニア系住民五〇〇人を殺したと推定し、KLAによる犠牲者は一五〇〇人であると示唆した。NATOがセルビアを空爆すれば、セルビア人が民間人を攻撃するのはほぼ間違いなく、地上でのそうした反応を食い止めることはできない、と。クラークの著書を批評して、マイケル・イグナティエフはこう述べる。セルビア爆撃が始まって三日後の三月二七日、NATO軍の司令官ウェズリー・クラークは、セルビア人が残忍な行動に出ることは完全に予測できたと報道陣に語った。

政治指導部にとって何ら懸念する問題ではない

また、それは予期した通りで、政治指導部にとって何ら懸念する問題ではないとも付言した。一番の問題は、NATOの意思をこの指導者に押し付ける必要があったことだ。アンドリュー・べースヴィッチは更に皮肉な解釈を試み、人道的な動機をいずれも否定している。クリントンによる一九九五年のボスニアでの武力行使と、一九九九年のセルビア空爆は、彼が主張したように、民族浄化を終わらせるためでも良心の声に従ったわけでもなく、NATOの団結とアメリカの国力の威信に及ぶ脅威を回避するためだったのである。

NATO軍司令官によれば、NATOが空爆作戦を遂行する上で本当の意味で決め手となったのは、一九九九年三月までコソヴオでミロシェヴィッチが人権を無視していたことでも、空爆が始まった後で彼が大規模な立ち退きを強行したことでもない。最大懸案が支配者たちの威信だったことは、クリントンとブレアによっても既に明らかにされていた。

-政治

執筆者:

関連記事

no image

大統領はデタントという言葉を決して使わなくなった

1975年にポルトガルが植民地であったアンゴラとモザンビークを放棄すると、ソ連はキューバ兵を送り込んで、共産主義志向の政権の維持を援助した。1976年の大統領選挙までに、フォード(GeraldFord …

no image

国家の膨張がもたらした膨大な負債に軍部でさえ気づくようになった

1984年、ソ連のニコライ・オガルコフNikolaiOgarkov)参謀総長は、ソ連がより良好な民間経済基盤と、西側との貿易と技術へのさらなる接触を必要としていることに気づいていたが、景気が停滞する中 …

no image

冷戦の起源はさまざまな分析のイメージまたはレベルで説明できる

冷戦の起源は、さまざまな分析のイメージまたはレベルで説明できる。19世紀にアレクシス・ド・トクヴイル(AlexisdeTocqueville、1805-1859年)は、ロシアとアメリカが世界で大陸規模 …

no image

インドネシアの発展途上国の模範としての影響力

インドネシアが公言する目標は、経済を発展させるにあたり、外国からの響を授わけ西洋からの影響は排除して、自主的に行動することである。大衆に支持されたインドネシア共産党が、インドネシア国民に行動を促し、国 …

no image

ソ連がキューバにミサイルを設置し世界の恐怖の均衡を変えようとした

スティーヴンソンの息子は、あの瞬間には、明らかな目的があった。ソ連を封じ込め、平和を維持することだ。核超大国がキューバにミサイルを設置し、世界の恐怖の均衡を変えると脅している証拠を提示していた。スティ …