B部長は、性格的にいわゆる内向型の人物、シゾイド型のパーソナリテイに属する。自分の主観の中では話は実に理路整然とし、正義正論に従っている。国立研究所の部長はかくあらねばならないというタテマエどおりに暮らしているし、公私混同もしないし、公正にやっていこうとして厳しい。その点において彼女は本気でそうだ。
あるとき研究室で、この中ではあまり大きな声で笑ったり、しゃべったりするのをやめようとお触れが出た。物音や、人がいても神経質で敏感な部長だから、自分が主観的に考えているときに外界からいろいろな刺激が入るのを好まない。ところが、タテマエ部長のところに、日ごろ目をかけている女子学生が研究上の相談に来た。
現実の整理や対処がとても苦手だ。あれほどみんなに厳しく言っているのに、ときどき、約束のお客さんが来ていても、遅れて来たり、あるいは約束を忘れたりすることがある。しかし、人にはすごく厳しい。主観的にものを言う。
自分の声は全然聞こえてないんだ
みんなが静かに研究室で仕事をしている最中に、突然、B部長の嫡声が聞こえた。彼女特有のキャッキャという笑い声だ。そして、何やらまるで赤ん坊でもかわいがっているように、その女子学生に、「チャン、どうしたの」と甘い調子で話しかけている。みんなは、「あの部長は人の声はどんなに低い声でも百倍ぐらい大きく聞こえて、自分の声は全然聞こえてないんだ」と噂している。
自分は本当に騒音にも敏感で厳しい人だし、研究費関係の書類も公正で、一枚だって見失ったことなどないと思っている。もしそういう人がいたら許せない。彼女の心の中の超自我はとても厳しいのだ。だから、超自我に認められないような自分を認めることはできない。
本気なところがみんなを困らせる。この場合の本気ということは、自分で自分のことがわかっていないということでもある。自分のその主観と客観のずれにまったく気づいていないし、認めていない。