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コミュニケーション

論理と感情それぞれ片方だけを話す人はいません

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論理と感情(気持ち)、それぞれ片方だけを話す人はいません。ふだん私たちは、論理も感情も一緒くたに話しているのです。(朝、同僚と会ったときの会話)「おはよう。昨日はどうだった」「遅くまで働いていた。人手が足りなくてまいるよ」「それは大変だったなあ」「まったくだよ」この短い会話の中にも、論理的なことと感情的なことが混じり合っています。

おおざっば私たちは、ふだんの話し方を大雑把に分類して「論理的な話し方」と「感情的な話し方」に、はっきり分かれると思っているようです。しかし、どうも、そうではないようです。日常会話だけでなく、報告、連絡、相談といったビジネス会話でも、論理と感情は混在しています。「昨日の取引先との打ち合わせの件ですが、ちょっと無理な注文を出されまし。いささか開口しています」これには、事実と、それにともなう報告者の感情が混ざっています。

相手の発言に対しての共感

「おはよう。昨日はどうだった」これは挨拶です。昨日の様子を聞いています。事実の確認という意味では、多少苦しい分類ですが、「論理」のほうでしょう。「遅くまで働いていた。人手が足りなくてまいるよ」前半は事実を述べ、その原因らしきことを事実で説明しています。最後は「まいるょ」と感情が表現されています。「それは大変だったなあ」には、相手の発言に対しての共感がうかがえます。「まったくだよ」は、まさに感情的な話し方ですね。

感情も論理的に語られるこれらの例からもわかるように、論理的なことがらと論理的に話すこと、感情的なことがらと感情を伝えることは、まったく別のことなのです。「あなたの机の上の書類、くずれてきて、邪魔なんだよ」これは、事実だけで、自分の気持ちを何も語っていません。話を聞いているほうとしては、事実を指摘されただけで、どうすればいいのか、どうして今そんなことを言うのか、疑問を持っだけでしょう。感情や論理的な部分があるのです。会話では、このように、論理との区別をつけるといいでしょう。

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