教育

数学の勉強の仕方の固定観念

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数学では、「基礎をやっていないから駄目だ」という罪悪感や、「基礎を完全にマスターしてからでないと進んではならぬ」という固定観念は、捨てるほうがよい。

基礎からやらず真ん中からやる。数学の勉強法としては邪道かもしれない。この方法にうしろめたさと罪悪感を感じていた。しかし、いくつかの数学勉強法の本を読み、数学や数学教育の専門家の中にも、同様の考えをもっている方がいることを知った、と語るある専門家。

微分法の公式を覚えて使っても、あまり支障は生じない。数学の専門家は、これを無謀というだろう(そして、「いたるところ連続でいたるところ微分不可能な関数が存在する」ことなどを注意するだろう)。しかし、経済学や工学で普通に用いる関数の場合、問題はあまり生じない。

基礎は、どこまで戻ればよいかというのは、程度問題である。専門の学者でも、数学を本当の基礎まで戻って完全に理解しているわけでは必ずしもない。とくに、工学、経済学などでは、そうだ。例えば、微分法を本当に理解するには、「極限」や「連続」の概念を理解する必要がある。しかし、これらは非常に難しい。

基礎をはぶけとはいわないが

もちろん、二次関数の扱いも知らずに、いきなり微分法を弾しようとしても、無理だ。だから、「基礎をはぶけ」といわない。「進むほうがよい」といっているのである。

ある教授は、「段階を踏んで一歩一歩理解させてゆくことは、必ずしも必要ない」述べている。
「どうしてもわからなかったら、無理しなくともよい。やがてわかる」と教授はいう。「一度つまずいたらその先がわからなくなる」というのは、数学という教科の問題でなく、人間の心理の問題である。つまり単なる劣等感である、と教授は断定する。

教授は、「理工系の学者できわめて高度な数学を日夜駆使している人でも、即答できる人は少ない」という。つまり、理由はよくわからなくとも、それは一時棚上げして、とにかく使い方を丸暗記し、そして先に進めばよいのである。

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