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教育

文章を書く場合に何よりも先にすべきことは全体の分量を把握すること

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ある雑誌で連載エッセイを始めたとき、非常に書きにくいと感じたことがある、と語るある先生。原因は、字数にあった。そのエッセイの分量は、約四千字で、ちょうど第二レベルと第三レベルの中間だった。ところが、それまで私が書いてきたものは、第二レベルのエッセイか第三レベルの論文が多く、その中間に位置するものは、あまりなかった。このために、四千字の位置づけに迷ったのである。まさに、「帯に短し、たすきに長し」であったのだ。

文章を書く場合に何よりも先にすべきことは、全体の分量を把握すること。もちろん、要求される分量は、典型的なものとは限らない。また、文章を書き慣れていない人は、この判断ができない。というより、判断が必要という意識なしに書き始める。このため、分量が足りなくなったり、途中で終わってしまったりする。文章を日常的に書いていると、無意識のうちにも、こうした判断ができる。しかし、普段文章を書いていないと、カンが鈍る。

大学紀要の原稿で、枚数が限度を大幅にオーバーしていたり、「紙面に余裕がないない」などと言い訳しているものをよくみかける。これは、論文を書き慣れていな暴露するものであり、見苦しい。四百字のエッセイを書く必要があるかもしれない。この場合に必要なのは、「細胞を三個」と捉えるか、あるいは「三分の一に圧縮した短文」と考えるかの判断である。

講義のつもりで話し始める人がいる

大論文に相当する「長文」を話そうとしたり、講義のつもりで話し始める人がいる。それどころか、分量をまったく意識せず、「とりとめもなく」話す人も多い。これでは「ディスカッション」など不可能だ。与えられた分量にあわせて書く内容を考える。逆ではない。

書くのに慣れたのは、十回目頃からであった。なお、以上で述べた注意は、話す場合にも必要だ。例えば、パネル・ディスカッションでの一回の発言は、文章の場合の「細胞」数個分に相当するものでなければならない(最初の発言は少し長くてもよいけれども、せいぜい「短文」レベルまでだ)。

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