教育

勉強を我慢してやらず楽しんでやる

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好奇心が満たされるとき、誰でも楽しいと思う。理解が深まると、喜びを感じる。それまで別々にとらえていたものが統一法則で理解できると、誰でも快感を覚える。これは、人間の本性である。これらを満たしてくれるのが勉強だ。だから、勉強とは、本来楽しいものである。

「勉強は辛いものだから、我慢してやる」と多くの人が考えている。確かに、英語の単語をやみくもに覚えたり、文法の規則を頭から覚えるのは、面白くない。大昔の歴史の年号や、訪ねたこともない外国の地名や産業を覚えるのも、苦痛だ。しかし、勉強は本来は楽しいものだ。

興味と好奇心がある場合、誰でも進んで勉強する。子供は、誰から強制されるわけでもないのに、野球選手や車の名前を覚える。昆虫採集に熱中している子供が蝶の名前を覚えるのは、苦痛でも何でもない。コンピュータ少年なら、一日中でもコンピュータから離れないだろう。

勉強は我慢してやるもの

「勉強は我慢してやるもの」と多くの人が考えているのには、十分な理由がある。その原因の多くは、学校教育の方法にある。教材や教え方が、生徒や学生の好奇心を刺激していないのだ。勉強を楽しくするのは、ノウハウである。膨大な知識の体系を教えようというのだから、よほど工夫しない限り、難解で退屈なものになってしまう。

人間は、「学習」によって他のあらゆる生物を凌駕している。人類は、学習によってなりたっている特殊な動物なのである。だから、学習は人間にとって楽しい作業であるはずだ。本来の勉強は楽しいものである。

勉強を楽しいものに変えよう。「勉強は楽しい」といっても、反発する人が多いだろう。実際、学校の勉強は、必ずしも楽しい訳ではない。むしろ、苦痛である場合が多いだろう。スポーツやゲームの場合ほど簡単ではない。したがって、カリキュラムや授業方法を改革して、学校の授業を楽しいものにすることが必要だ。どうせ、学生時代はずっと何年も勉強をしないといけない環境にいないといけないのだから、勉強を楽しんだほうが絶対にいいと思う。

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