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観光ペナントの形はなぜ二等辺三角形なのか?

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観光ペナントの形はなぜ二等辺三角形なのか?

観光ペナントの形はなぜ二等辺三角形なのか?1950年代から80年代前半まで、お土産屋には必ずあった地名入りのペナント。

観光ペナントの形はなぜ二等辺三角形なのか。観光ペナントは、今では土産物屋でもすっかり見かけなくなってしまったが、誰もが一度は目にしたことがあるはずだ。富士山、天橋立、華厳の滝。観光地の景色や地名を誇らしげにプリントした観光ペナント。ところで、ペナントの形はなんで三角形なんだろうか?

1950年代後半から1980年代前半にかけて、お土産の定番だった観光ペナント。二等辺三角形の周りに高級そうな黄色の縄状の飾りが取り囲み、その真ん中にご当地の有名な風景が描かれていてその傍らに大きな文字で「鎌倉」とか地名が書かれていた。

そのルーツは西洋の騎士にある。かつて騎士たちは自らの武勇を誇示したり、事故を防止するため、槍の先端に小型の三角旗を掲げていた。軍艦の帆桁やマストに掲げられた旗をペンダントといい、この2つが入り交じってペナントという名称が生まれた。

戦いに勝った方が敗者の旗を奪ったのが起源

戦いに勝った方が敗者の旗を奪ったのが起源といわれ、その旗のことをペクンと呼んでいたという。ルーツにあたる旗の形が二等辺三角形だったためペナントも自然と同じ形に落ち着いたとわけだ。

観光ペナントが広まり始めたのは1950年代後半だといわれています。当時、各大学に設立された山岳部が登頂の証として山頂にペナントを立てました。それを目にした山小屋の関係者が登山の記念品としてペナントを作り、お土産として全国に広まっていったとの説が有力です(ペナントコレクター)。

当時、各大学に設立された山岳部が登頂の証しとして山頂にペナントを立てていたよう。あの頃は(昭和40年代後半)、たぶん、観光ペナント全盛時代だったのでしょう。どこの家にもあったはず。

ペナントは所属やチームなどを表す三角形の旗

ペナントは所属やチームなどを表す三角形の旗。その歴史は、中世などへと遡るようで騎士も掲げていた。

西洋式の軍隊やスポーツが導入

西洋式の軍隊やスポーツが導入され、船舶の通信(手旗信号)や大会の優勝旗などに使われた。その後、大学やスポーツ部などでペナントが作られ、これが土産物として観光地に定着していく。日本初の観光ペナント本であるペナント・ジャパン(谷本研著・PARCO出版)によれば、ペナントが日本に流入したのは明治時代だという。

観光ペナントは少年少女を中心にまたたく間に人気を博し、土産物の定番になった。だが、1980年代後半になるとダサいお土産などという汚名を着せられて衰退の一途をたどり、今や絶滅寸前だ。日本の文化ともいえる観光ペナントをもう一度見直してみてはどうだろうか。

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