哲学入門

自分がいかに能力が高い人間なのかを文章の合間に入れる

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「解賞は甲羅に似せて穴を掘る」という。生来、怠情で臆病な筆者としては、その日その日を平穏無事にやり過ごせれば満足で、なにごとも程よく、だれにも迷惑をかけず、だれにも迷惑をかけられずとまあ、はなはだ生彩のない人生を理想とわきまえて、かりに、多少とも日々の営みの域を逸脱するような事態に遭遇することがあっても、「解軍の穴這入り」よろしく、アタフタと尻から後ずさりし、ひたすら砂中に埋もれることで一事の難を避けようと心がけてきた。

何かエッセイふうのものを書く機会が与えられたとき、そつとしかしはっきりと自分がいかにエライかを挿入する。これはたいへんみっともないことですが、多くの学者が実行している、と語るある専門家。表面上はあくまでも謙虚なふうを装いながら、文章の合間にホイホイと自分の能力がきわめて優れている確実な「証拠」を挿入してその間接的な効果を狙います。

なにごとにつけ、世間はままならずーで、ついに教授の誕生パーティーに招かれ、お開きの直前に上席からスピーチをしなければならないことを知る。さあ、これは大変!もうすぐ、ここまで回ってくるぞーと、それからの一数分は即席の挨拶をでっち上げるのに四苦八苦。

念入りな大成功談が続く

一九九年三月から一九九二年二月末まで在外研究の機会を頂戴し、おおかた丸二年の間ミュンヘンに滞在してはいたものの筆者ひとりはあいかわらず、バイエルンの青い空の下、ひたすらわが甲羅に似せた穴掘りにいそしんでいた。

一瞬、不安そうな先生の表情と、視界の隅に「また調子に乗って!」といわんばかりの家内の顔がかすめ過ぎたが、なぜかこの時ばかりは、一度の言い淀みも、一度の言い損ないもなく、おまけに予定にはないしゃれた言い回しや、即興のギャグまで飛びだす上々の出来であった。説明の必要はないと思いますが、自分が駄目男であると語りだしオヤオヤと思うまもなく、念入りな大成功談が続くのです、と、ある専門家は語った。

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