雑学

日本三景とはそもそも誰が決めたの?

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日本三景とはそもそも誰が決めたの?

日本三景とはそもそも誰が決めたのか?日本三景とは、日本を代表する美しい三つの景勝地のことだ。宮城県の松島、京都府の天橋立、広島県の厳島の三つである。松島は大小二六〇あまりの諸島と湾岸一帯を指し、その中にも松島四大観と松島八景がある。天橋立は全長約三キロメートルの白砂の松林である。厳島は広島県宮島町に属し、北岸に厳島神社がある。そもそも、この日本三景は誰が決めたのだろうか。

それは江戸時代の儒学者・林春斎である。春斎は自ら全国を旅して書き綴った、日本国事跡考という本のなかで、美しい景勝地として、日本三景を紹介した。ときは一六四三年のことであった。では、なぜ春斎は松島、天橋立、厳島を日本三景に選んだのだろうか。それは当時の時代背景を考えればわかる。日本国事跡考を春斎が書いた寛永二十年は、三代将軍・徳川家光の時代にあたるのである。

徳川統治の世となって四十年ほど経ち、世情は安定していたかのように見えるが、地方では治世に対する不満が募っていた地域もあった。そこで、全国を威圧するために、日本三景が考えだされたと考えられる。松島には東北一の禅寺・瑞巌寺がある。また天橋立には、平城天皇の勅願によって建立され、日本三大文殊の一つに数えられる文殊菩薩を本尊とする智恩寺がある。そして厳島神社は平清盛の信仰により、平安朝ならではの寝殿造りとなっている。つまり、高名な社寺を背景にもつ三つの場所は、東北、京都、中国地方へ威光を示すのに絶好の場所となっているのだ。

座布団に前と後ろがある

座布団は正方形だから、どちらを前にしても同じだとおもっている人は多いことだろ、だが座布団にも、実はきちんと前と後ろがある。座布団をつくるときは、一枚の長方形の布を二つに折り、袋状にして縫う。すると一辺だけ、縫い目がないところができる。この縫い目のない辺が、座布団の前となる。だから、来客前に座布団を準備しておくときや、人に座布団を勧める時は、縫い目のないほうが相手の前方になるようにおくのが正式だ。

また、座布団のなかには、三辺が縫い合わされ、残りの一辺がチャックになっているものもある。このような座布団では、チャックのある辺が後ろになる。前と後ろだけでなく、座布団には表と裏もある。座布団は、縫い目のある三辺のうち、二辺はミシンで縫い、一辺だけ手で縫ってあるが、この手縫いの縫い目をみると、表と裏が分かる。

布が上からかぶせてあるほうが表なのだ。自分がすわっていた座布団を人にすすめるとき、座布団のシウを気にして裏返しにする人がよくいるが、表と裏があるのだから、これは間違い。シワは手で撫でて伸ばし、裏返さずに勧めるのが正しい。

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