雑学

日本初の路面電車は京都だった

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特急の定義とは?

日本初の路面電車は京都だった

日本初の路面電車はいつか。わが国ではじめての市街路面電車が走ったのは明治二十八年(一八九五)のこの日。四月四日付の日本新聞はめずらしきこととて線路には万の老幼男女群集して見物する者山の如しと報じた。場所は京都の七条停車場前から伏見間の六・四キロである。

日本初の路面電車が、文明開化の中心地だった東京ではなく、なぜ京都が最初なのか。これは電車を走らせる電力と深い関係がある。日本では花めてつくられた水力発電所は京都の蹴上発電所で、明治二十四年(一八九一)から琵琶湖の水を利用して発電を行なっていた。京都はその電力を使え、道路が碁盤目状になっているため、電車を走らせやすかったのである。定員は三十八人で、時速は約十キロ。車内には告知人、という少年が同乗し、夜は照明のために提灯をもったり、通行人に電車の通過を知らせたりしたそうだ。

・はじめての生命保険

生命保険会社の最初の保険金受取人になったのは、神奈川県警部長だった川井という人の遺族だった。わが国最初の生命保険会社の創業は明治十四年(一八八一)七月のこと。明治十五年(一八八二)一月二十日、川井が心臓病で急死したからだが、保険金は千円だった。それを報じた郵便報知新聞は同年のこの日付で、川井氏より同社へ払い込みし保険料は僅か三十円程なれば、差し引九百七十円は同社の損耗となれど、畢竟、生命保険は不幸短命の人の為に設けたるものなれば、その効用はじめてあらわれたりというべしと伝えている。

ガンジー暗殺事件

ガンジーは若いころ、一二十年間ほど南アフリカで過ごしたが、このとき人種差別に反対し、サチャグラハ(真理をしっかりつかむ、の意)と名づけた大衆運動を組織し、指導した。つまり、暴力に対して暴力をふるうのではなく、何ものにも屈しない強い意志によって、人間らしく闘うのですと語ったことがある。しかし、インド独立の父といわれるマハトマ・ガンジーは、一九四八年のこの日、狂信的な極右団体の青年によって暗殺された(マハトマとは偉大な魂の意)。

このサチャグラハについて、ガンジーはこれは悪法には絶対に服従しない、そのために罰を受けても、暴力をふるって反抗しない、ということ。非暴力による革命に精魂を傾け、一九四七年、インドはイギリスからの独立を勝ちとった。だが、半年もたたないうちにガンジーはこの悲劇に遭った。

電車のプリペイドカードで子供用の半額のものってないの?

・子供用の半額プリペイドカードはないの?

鉄道のプリペイドカードに子供用の半額カードがあると便利だが、子供用がないとなると、子供連れの乗客にとっては、切符を買わずに改札機を直接通れるカードの便利さの意味がなくなってしまう。子供が電車に乗るときの運賃は大人の半額だ。キップには子供用があるのだから、カードにもあっていいはずである。

カードの種類が複数あると不正や誤使用の原因になってしまうからです(東京都交通局)。首都圏の私鉄・地下鉄の共通カードシステムパスネットにも、子供用はない。イオカードやスイカに子供用がなかったのは、子供用カードをつくると、それに対応できるよう改札機の性能を上げなければならず、設定にも手間がかかるからです、とJR東日本に尋ねると、このような答え。

首都圏ではようやく実現の子供用カードだが、実は、すでに関西では当たり前に存在している。大阪や近隣府県の鉄道の共通カードスルッとKANSA1だ。切符に子供用があるんやから、カードにもあって当然、という発想でした(スルッとKANSA1協議会)。乗客からの要望が絶えないため、2007年3月に導入する首都圏のJR・公民鉄の共通1Cカードパスモでは子供用カードのサービスを開始することになった。

カード導入時から子供用もつくっています

1996年のカード導入時から、子供用もつくっています。不正使用は確かに気になりますし、設備の手間や費用もかかります。でも、お客さまへのサービスが優先。どうやら、技術よりも、サービス精神の問題のようだ。今はどうか分からないが、この子供料金があるということを知らない人は意外に多いようだ。

子供を持つ親御さんで、子供の通学などに電車を使わせている場合などなら、できるだけそういった費用を抑えたいところだろうし、子供料金があるということを知っておけば、かなりお得になる。しかし、実は関東よりも関西でいち早く導入していたとは、意外である。

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