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コミュニケーション

「もう」「まだ」は非常におせっかい

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時々、もう、まだ、は非常におせっかいです。だから私は十代の頃から、もう、を信用していません。よく、年齢の前にもう、をつけて「もう二十五歳か」「もう大人ね」「もう三十歳だし」「もう四十歳とはね」というふうに使われます。そのたびに、どこに基準があってもう、なのかと、ずっと疑問に思ってきました。「パンはもう焼けたかな」「高速道路、まだ渋滞しているみたいね」「もっと痩せないとジーンズが入らない」毎日の生活の中で最も出番の多い副詞が、この、もう、まだ、もっと、でしょうか。

特にクッキングをする時などはもう、まだ、もっと、がまるでアシスタントのように細々とした作業を手伝ってくれます。「パスタはまだナマだ」とか「オムレツはもっと火を強く」とか。世間には適齢期、という言葉があります。主に結婚適齢期の意味で使われます。どうやらそれを基準に「まだ二十歳」「もう二十五歳」と使い分けるらしいのです。そこに個性、を軽んじた社会の意識が見えます。

「もう」がおびやかす

それぞれに個性と運面が異なる人たちをもう、がおびやかすのです。あなたはどう思いますか?内心では反撥しているのに、その場では「そうなのよ」と受けいれる。そしてひとりになった時、私はもう二十五歳になっちゃったんだ、どうしようと減入る。減入って当然です。だってあなたはまだ二十五歳なのですから。私たちは自分のまだ、を自覚しています。

自分が目指す、ある時期と段階に達していないから、まだ、だと感じるのです。それは個性が発する声です。人々が自由を得るまでには計り知れない血と涙が流されてきました。にもかかわらず、今度は二文字の言葉がこころの自由を縛るのです。「まだ二十歳」から「もう二十五歳」の間にはさまれ、うめいている人がいっぱいいます。いろんな人たちからしょっちゅう、「もう二十五歳なんだって?」と言われたら、その人は現実からのおしきせ意識と自分の未熟さとの挟み撃ちにあうことになります。未来を否定され、指の間から砂がこぼれていくみたいに希望が喪失する気分でしょう。

-コミュニケーション

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