雑学

古事記と日本書紀の違いって何?

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明治時代の1円の価値は

古事記と日本書紀の違いって何?

古事記と日本書紀の違いは何でしょうか?古事記と日本書紀。共に7世紀に天武天皇の命令によって編纂された書物であることは学校などで習っているでしょう。古事記と日本書紀。この二冊は日本初の歴史書で、古事記が七一二年、日本書紀が七二〇年に完成した。しかし、同じ時期に成立したにも関わらず、両者の内容はかなりちがう。両者の差異としてまずあげられるのは文体ですね。

古事記が和文体の万葉仮名で書かれているのに対し、日本書紀は漢文体で害かれているのである。そして古事記が推古天皇までの時代を扱っているのに対し、日本書紀は持統天皇が譲位した六九七年までを扱っている。

次に、それぞれの内容を具体的に見てみましょう。古事記は天武天皇の命で暗唱した帝紀と旧辞を、元明天皇の命を受けた大安万侶が撰録したものです。上巻は天地創造からはじまる神代の事柄を扱っており、中・下巻は人代の事柄、すなわち中巻には神武天皇から応神天皇まで、下巻には仁徳天皇から推古天皇までの系譜や事件が記されている。歌謡、説話、伝承、神話などを多く含み、文学性にも富んでいるのです。

一方、日本書紀は日本初の勅撰の歴史書だ。全三〇巻で天武天皇の命によって始められ、その子舎人親王のもとに完成し、朝廷に献じられた。第一・二巻は神代、第三巻以下は神武天皇の代から持統天皇の終わりまでを編年体でまとめてある。

そして編纂には、古事記の撰録者だった大安万侶も加わった。いずれにせよ、記紀は天皇の権威を絶対的なものにしようとした目的をもった歴史書だったことは間違いないでしょう。

古事記に書かれているのは、日本がどのように創生されたかについて。からの、この歴史書をまとめた6世紀までの推古天皇の統治した時代まで。

古事記は、712年に作られた日本最古の歴史書。内容は日本ができるまでの歴史だが、その内容には伝説的な要素を含み、天皇の神格化のためのツールとして使われたとされている。

三人寄れば文殊の知恵の三人って?

協力することにちなんだことわざといえば、三人寄れば文殊の智恵だろう。これは、凡人一人では良いアイデアが浮かばなくても、三人で知恵を絞って相談すれば、優れた考えがでてくるものだという意味だ。文殊とは知恵をつかさどる菩薩の名前で、普賢菩薩とともにお釈迦様の脇を固める身分の高い菩薩である。

獅子を乗り物として、中国の五台山に霊場をもっている。ちなみに、普賢と文殊という名前は、福井県にある原子力発電所にも採用されている。新型転換炉ふげんと高速増殖炉もんじゅである。この三人寄れば文殊の智恵ということわざだが、何故良いアイデアは三人集まるとひらめくと言われるのだろうか。

それは、第三の立場があれば、二者の長所や短所、改良すべき点が明らかになるからである。物事を考えるときには、二者の対立だけではなく、これら二つを客観視する第三者の意見も必要なのだ。実際、人は自分の意見を持ちながら、相手の立場に立ったものの見方や新たな可能性を探る考え方を養うのは苦手なことが多い。しかし三人ならば、三つの立場から主観的・客観的にものを考えられるのだ。

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