ファッション

毛皮反対ムードが大勢を占めていた頃

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一九九〇年代に毛皮反対ムードが大勢を占めており、売上も一九九一年に一億ドルを割って底を打った。しかし、売上の低迷する一九九年代のさなかにも、毛皮が完全に姿を消すことはなかった。FICAによれば、現在、アメリカ人女性の五人にひとりがファー・コートを持っているという。仕上げ前の毛皮の生産数は、養殖ものだけでも全世界で年間約三万枚に上る。

人々は、暖かいという明白な事実は脇において、毛皮を純粋に賛沢品とみなし始めていた。手に入る繊維なら他にいくらでもあるし、クロゼットには服がありあまっている。そんなわけで、ワードローブに毛皮を加える必要は全くなくなった。

フェンディが採用した、仕上げ前の毛皮の打ち抜き技術のような新技術の登場で、毛皮がより軽く、扱いやすくなった。ファッション界の大御所たちは、さまざまなタイプの毛皮を試してみた。ミウッチャ・プラダは自ら流行させたファー・ティペットにラクーンを加えた。

中小のデザイナーも多くが毛皮を取り入れている

アメリカには、今でも小売業者がおよそ一五メーカーが一、毛皮農場が三五(一九七五年には一二二一だった)存在する。それでも、毛皮人気は明らかに落ち込む傾向にあった。ところが、多くの人が驚いたことに、くすぶっていた毛皮人気の火は九年代終わり頃に再びあかあかと燃え始める。

アルベルタ・フェレッティはハムスター、ナルシソ・ロドリゲスはフォックス、ガリアーノはチンチラ、マーク・ジェイコブスはミンク、ゴルチエはセーブル。その年は、大手のファッション・メゾンはほぼすべてが、そして、中小のデザイナーも多くが毛皮を取り入れている。

ファッション・ヴィクティムはこの流れをすばやく察知して、肩から豪華なフォックスの巻き物を垂らしてみたり、首にお酒落なラビット・スカーフを結んでみたりした。新たなミレニアムの毛皮は、富と特権の象徴には違いなかったものの、もはや金満階級だけのものではなくなっていた。今度はどんな消費者も少しはそれらしい気分に浸れたのである。

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