ファッション

毛皮業界の状況を総括するのが難しい

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ラルフ・ローレンのコヨーテの帽子。オスカー・デ・ラ・レンタのフォックスのショート・ジャケット。フェンディのシアード・ミンク・コート。一九九九年には、『ヴォーグ』イギリス版のアレクサンドラ・シュルマンが、「ファッション報道でファーを取り上げないのは、ヨーロッパ関連の報道でロに触れないようなもの」と発言した。

毛皮は一九八〇年代の人気ぶりを取り戻したように見えた。毛皮が小型サイズになって再登場したことで、新たなラグジュアリー時代の幕が開くことになった。二〇〇一年には、各デザイナーのファー作品により一層メディアの注目が集まった。

ヴォーグ」アメリカ版は、「素敵なファー流行のスタイル」と高らかにうたって、「もちろん、ファー・コートは今も高級クロゼットの必需品」というメッセージを送った。ホリデー・ギフト・ガイドのスポンサーはただひとつースカンジナビアのサガ・ファーズだった。

毛皮業界の状況を総括するのが難しいのは

毛皮業界の状況を総括するのが難しいのは、地域によって成功の度合いにかなりのばらつきがあるためだ。たとえば、アメリカ中西部の売上はうなぎのぼりなのに、南部では伸び悩んで撤退する企業さえある、などというケースも考えられる。

FICAによれば、二年にはアメリカの小売業者の八八%が増収を報告しており、毛皮の隆盛は特定の地域に限定されているようには見えなかった。しかし、毛皮業界が発表する統計がどれもこれも毛皮製品の人気急騰ぶりを豪語する内容だったので、正反対の発言もあった。「私としては業界が言うほど毛皮人気が盛り返してきたとは思ってない業界がそう言っでいることで、信じ込む人々も出てきたようね」。

毛皮の業界団体は、職業柄当然のことながら、毛皮人気の復活を宣言した。アメリカ毛皮情報協議会によれば、アメリカでの毛皮の年間小売販売高は、二年にはそれまでの一四億ドルから二〇%伸びて一六億九万ドルになっていた(一九八八年以来最大の増加幅)。

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