雑学まとめ

当サイトでは、明日すぐに友達に話したくなるような、あらゆる情報を紹介しています。

政治

カストロ暗殺計画はケネディが暗殺された当日に着手された

投稿日:

カストロの殺害計画は、ケネディが暗殺された当日に着手された。組織的活動は一九六五年に中止されたが、ニクソンが一九六九年に就任記て最初にとった動の一つは、キューバに対する秘密工作の増強をCIAに命じることだった。
キューバ危機が終わると、ケネディは組織的なテロ活動を再開し、暗殺される一〇日前、CIAが考え出したアメリカの代理軍による破壊作戦を承認した。これは大型石油精製所と貯蔵施設、大規模発電所、製糖工場、鉄道橋、港湾施設に対する破壊工作と、水中からの波止場と船の破壊だった。

とりわけ興味深いのは、計画立案者たちの認識である。一〇〇〇ページ近い資料の中で、アメリカの高官が米国政府の支援するテロに対して、多少とも道義的な立場から反対を唱えたのはたったの一回だった。ケネディ時代のテロに関して、最近公開された資料を調査したドミンゲスは、こう述べている。道義的な立場を顧慮しない姿勢は内部の討議でも一貫して優勢で、本格的にキューバを侵攻すれば、きわめて多くの人を殺すことになり、我々はそれに関して数多の非難を覚悟しなければならなくなるとロバート・ケネディが述べた時もそうだった。

こうして事態は進行し

NSCのメンバーの一人が、それによってソ連の反発を招くのではないかと言い、計画性がなく、無実の人々を殺す奇襲攻撃は、友好国の間で評判を落とす結果になりうると述べた時である。テロ活動はニクソン政権下でも続き、一九七〇年代半ばにピークに達し、漁船、在外公館、海外にあるキューバ政府関連施設に対する攻撃や、クバナ航空機を爆破し乗客七三名全員を死亡させる事件などが起きた。

こうして事態は進行し、アメリカの新聞の社説で一九六三年に、米国政府がキョーに侵攻しないと約束したにもかかわらず、武装基地を維持しているとカストロは非難された。こうした事件も、その後のテロ活動も、アメリカの領土内から敢行された。ただし、その頃には、このような活動をFBIは犯罪行為と見なしていた。約束さえあれば、その後に何が起ころうと、問題はないはずだというわけだ。

-政治

執筆者:

関連記事

no image

アメリカはテロに対して予防的な立場で応じただけ

第一次対テロ戦争は二〇年前にレーガン政権が宣言したが、その現実はほとんど認識されていない。イェール大学の刊行物へのある寄稿者(チャールズ・ヒル)は、9・11によって第二次対テロ戦争が始まったと述べた。 …

no image

エリートが意思決定をし一般大衆がそれを承認するシステムを擁護

政治学の用語で言う多頭政治であって、民主主義ではない。最も優れた人間は気づいた。国民が堕落し腐敗するあまり、不採で不当な人間を信頼して権力の座を与えるなら、海外では少数ながら善良な者たちの手で統治させ …

no image

二つの未解決の問題が中東を苦しめる

パレスチナ側のテロは実際にエスカレートし、一〇〇〇年九月末に起こった第二次インティファーダの期間には、イスラエルの民間人に対して恐ろしい犯罪が行われた。平和な外交的解決への希望を損なう措置は、パレスチ …

no image

FBI上層部のメンバーがキューバを訪れキューバ側の捜査当局と会談

一九八九年、誕生したばかりの初代ブッシュ政権から、ボッシュは大統領による特赦を受けた。これはジェブ・ブッシュブッシュ二世の弟と南フロリダのキューバ系アメリカ人の指導者たちが盛んにロビー活動を行い、司法 …

no image

侵略される国の国民に対し戦争がもたらしうる結果に関心を示さない

制裁体制を弁護する側は、悲惨な状況はフセインのせいであると主張し、国連決議に対する完全な順守を拒否した上、自身の宮殿や記念碑を建設するなどしたためだと主張した(国連の人権調整官と世界食糧計画の証言によ …