雑学

核ミサイルの発射係が発射ボタンを押したらどうなる?

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核ミサイルの発射係が発射ボタンを押したらどうなる?

核ミサイルの発射係が発射ボタンを押したらどうなるのだろうか?大統領は発射命令を出すだけで、実際に発射ボタンを押すのは、発射管制官という専門職である。

この発射管制官が突然発狂して、いきなりボタンを押してしまったらどうなるのだろうか?アメリカの場合、核ミサイルの発射簿タンを押すのは、大統領ではない。

しかし、発射管制官がボタンを押しても、核ミサイルは発射されない。なぜなら、アメリカの場合、発射管制官はふたりおり、ふたりが同時に発射キーを回さないと核ミサイルが発射しないシステムになっているのだ。

さらに、ひとりが発狂した場合にそなえて、お互いがつねにピストルを携帯して、相互監視しているというから、まず大丈夫なのだろう。しかも、二つの発射キーの間隔は約四メートルあるから、ひとりで同時に発射キーを回すことは不可能だという。

今では、米軍の将校がブリーフケースを持っており、その中に核攻撃を発動するのに必要な装置と情報が収められているという。「大統領の緊急事態用鞄」、通称、「核のフットボール」という黒い鞄を持った副官が常に大統領に随行している。

核廃絶を訴えながら

核廃絶を訴えながら、これを持つのは矛盾しているようにも感じますけどね。一番の問題はトランプ大統領が人類を一瞬で滅ぼす核ボタンを握ることが決まったという事だろう。

ちなみに、全ての大国はすでに敵対仮想大国にミサイルを向けているという話もあるようだ。

アンネの日記はいつから書きはじめた?

これは、アンネの一家が、ナチスのユダヤ人迫害のため、ドイツからアムステルダムへ逃れ、アムステルダムの隠れ家に移る直前のことだった。

一九四二年六月一三日、アンネが一三歳の誕生日を迎えた日のことで、アンネ・フランクが、アンネの日記を書きはじめたのは、両親から日記帳を贈られたことがきっかけだった。

以後、アンネは密告によって連行されるまでの二年間、隠れ家生活のことや家族の様子、異常な環境の中で思春期を迎える心の軌跡を書きつづった。

アンネの日記は

というわけで、アンネの日記は、正月から書かれたわけではないのだが、歴史に残るほかの日記をみても、和泉式部日記は四月一〇日から、石川啄木のローマ字日記は四月三日、永井荷風の断腸亭日乗は、九月一六日から書きはじめられている。

リーゼントの名前の由来

エルビス・プレスリーとジェームズディーンが世界に流行らせたヘアスタイルなのだが、プレスリーへアとも、ジミースタイルともいわれることはなかった。前髪をヒサシのように盛り上げ、両横の髪は後方へなでつける。これが、いわゆるリーゼントスタイルである。

このリーゼントという名前は、ロンドン市のストリートの名称。この通りはゆるやかなカーブを描いていて、その形があのヘアスタイルによく似ているというわけだ。

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