雑学

日の丸の国旗の上に金の玉がある理由はなに?

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サイコロは、もともとはご神託を受ける祭具

日の丸の国旗の上に金の玉がある理由はなに?

日の丸の上に金の玉がある理由はなにか?国旗が掲げられたとき、日の丸ばっかりに気をとられて、つい見落としがちなのが旗竿の最頂部にくっついている金の玉。あれは何を意味するのか。

当初は、それぞれ勝手に白地に赤の旗をつくり、物干し竿などに掲げていたという。一般家庭が祝祭日に日の丸を掲揚するようになったのは、明治中期以降のこと。そのうち、縞の旗竿に金の玉、それに国旗の三点がセットになったものが売り出され、このスタイルが市民権を得た。

日本神話では、神武天皇東征の際、熊野から大和に抜ける山中で、天照大神から道案内として遣わされたヤタガラスが、神武天皇の持つ旗がついた弓の先に止まったことになっている。

日の丸を掲げるときには

日の丸を掲げるときには、縞の旗竿の先に金の玉をつけるスタイルが一般的だが、一説によると、金の玉は、太陽の這いであったヤタガラスを象徴したもので、旗竿は神武天皇の持っていた弓の模様からとったものといわれる。

おそらく、この神話にヒントを得て、国旗三点セットを思いつき、商品化した知恵者がいたのだろう。

正式な日本の国旗の作法として日本国旗を竿で掲揚する場合は、
竿頭に国旗玉を付けるのが正しいとされている。

「日の丸」のデザイン自体は、平安時代ころにはすでに存在したよう。戦国時代にはわりと広まっていて、旗印につかったりしたそう。

日本の国旗の歴史は古く、「続日本紀」には、文武天皇の701年(大宝元年)の朝賀の儀に正月元旦、儀式会場の飾りつけに「日像」の旗を掲げたという記述があるという。

日本でクルマが左側通行なのはなぜ?

日本はさまざまな分野で英国をお手本にした

文明開化期、日本はさまざまな分野で英国をお手本にしたのだが、クルマの通行法に関しては、大英帝国を手本にしたわけではない。ではなぜ、日本は左側通行になったのか。欧米のほとんどの国では、クルマは右側通行。日本と同様に左側通行の国は、イギリス、オーストラリアとインドくらいのものだ。

クルマのない時代、武士は決まって道の左側を歩いていた。左側通行の由来は、江戸時代以前にさかのぼる。武士は刀は左腰にさすため、それをすばやく抜くには、左側を歩く必要があったのだ。すると、武士の刀の鞘にぶつかったりするといけないということで、荷車なども武士に追随して左側通行をするようになった。

この名残りで、明治三三年、人もクルマもすべて左側通行することが決められた。モータリゼーションの時代が来て、それまで左側を歩いていた歩行者が右側へとはじき出されることになった。クルマだけが左側通行となったのは、昭和二五年のこと。

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