コミュニケーション

話し方が耳障りな人

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話し方が耳障りな人がけっこういるようだ。

現代が求めている新しい話し方は、大ぜいを対象にしたスピーチを含めて、一方的に叫ぶ独演型のものではありません。対話調が基本です。ですから、間の取り方が話を生かしもすれば、殺しもすることになる。間の取り方によって、話し方が耳障りになるかならないかが決まります。

「話の間とは、聴き手との間にかわされる呼吸であり、それを調和させる沈黙の時間である」と考えたらよいでしょう。しかし、これが絶対と決められた間の取り方があるわけではありません。

元有名検事、薬剤師会の副会長など、内容的にはとてもいいことを話しているので、惜しいなと思う話があります。ラジオの放送ですから、アナウンサーやディレクターはきっと気づいているはずです。

進言なさるのが親切だろうと思います。もっとも、放送局としては大事なゲストということで、失礼だと思っているかもしれません。社会的には超のつくような有名人だけにもったいない話です。話し方が耳障りな人は多いものです。

尻あがりの疑問形の話し方は耳ざわり

最近では、少し下火になりましたが、語尾があがる、いわゆる尻あがりの疑問形の話し方は耳ざわりです。

語彙が少ないということでもありますが、同じことばを短い時間の中で何回も入れて話す口ぐせの人がいます。これは耳障りです。「やっぱり」「ですね」「つまり」「要するに」「はっきりいって」「変な話ですが」など入れなくてもいいところでやたらにこのような言葉を入れると耳障りで、それだけで話から離れてしまう聴き手もいるものです。

言葉の最後に「じゃん」をつけるのは、品位とい面では最低の部類にはいるでしょう。また、ね、さ、よなどつけるのも、非聡明にあげている人もいます。反論の余地はありません。つまらない末消的なことで、減点になるのはたいへん惜しいことです。

話というのは、音声を発して言葉をしゃべるものですが、その中にしゃべらない無言の部分があるのです。これが間です。話にとって、言葉を音声にして並べることは必要条件です。しかし、それだけでは死んだも同然の機械的な音の連続になってしまいます。

話し方が耳障りだと思われてしまう方は、こういったことに気を付けたほうがいいでしょう。

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