雑学

外貨両替所はどこが経営しているのか?

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外貨両替所はどこが経営しているのか?

外貨両替所はどこが経営しているのか?この疑問の答えは銀行や両替を専門に行うノンバンクである。

2003年に日本上陸以来、東京・八重洲、日比谷、TiS京都など繁華街を中心に3店舗を展開しているのは、ノンバンクのトラベレックスジャパン。よく出るのは、米ドル、ユーロの順。利用客は、これから海外旅行に出かける日本人が圧倒的に多い。LCAEのディルハム、南アフリカのランドなど珍しい通貨を含め日本最多の3通貨を扱う。3位は韓国のウォンとイギリスのポンドが同じくらい。

たとえば、JR秋葉原駅の駅ビル1階にある外貨両替所は、りそな銀行の経営。両替専門のため、預金などはできない。ニーズの多い3通貨を扱い、国内に店舗を持つ。USドルをはじめ、ユーロ、台湾ドル、韓国のウォンなどキャッシュで6通貨の販売、買い取りを行っている。同様にJR新宿駅西口の地下通路(工学院大学近く)にある外貨両替所は、三菱東京UFJ銀行の関連会社東京クレジットサービスの経営。

タイのバーツ、台湾ドル、豪ドル、インドネシアのルピアが続く

キャッシュに関しては、銀行のような両替のための書類記入をしなくても買うことができるのが特徴。以下、多い順にタイのバーツ、台湾ドル、豪ドル、インドネシアのルピアが続く。

観光地や都心の繁華街では日本円を買う外国人の姿も目立つ。もっとも、観光目的の海外旅行で小遣い程度の両替なら、身分証なしでも十分か。京都、六本木、新宿、銀座などがそのエリアで、家電の量販店が並ぶ新宿西口は中国人の方が多い、などの特徴がある。秋葉原も同様だという。

米ドルは1ドルから販売し、日本円で25万円を超える取引には身分証明書の提示が必要だ。土日も営業し、海外からの観光客が多い六本木などでは夜9時まで営業する店があるのも銀行と違う点だ。

現金な人は江戸時代にはいい人の意味だった

あなたって現金な人ねと言われたら、まずけなされていると思ったほうがいい。計算高い人や、要領のいいちゃっかりやさんを称して、現金な人というが、もともとは、悪い意味で使われていたわけではない。

江戸時代、日用品の買い物はツケ払いが一般的だった。店にとっては、品物が売れてもすぐには現金にならず、集金の手間も大変。しかも当時は、集金といっても盆、暮れの2回がふつうだったから、店の負担も相当なものだった。

そのうえ、現代と同じように、ツケが全て回収できるという保証はどこにもなく、踏み倒されることも少なくなかったにちがいない。しかし、なかには現金払いという景気のいい客もいたはずで、そんな客は商人にとって神様に見えたことであろう。商人たちは、現金をチラッとでも見せる客が来たら、その逸端に笑みを浮かべて、現金はお客さまの言うがままになった。

現金な人というのは、ここから生まれたのだ。現代はカード社会である。あるクラブの常連でいつもカードで支払いをする客がいた。その客の言葉だと、現金だとおつりをチップとしてホステスにあげることになるが、カードならそれをしなくていいということだった。こういう現金な人よりも、現金で支払う人の方が、ホステスにとっても店側にとってもいい客であることは、今も昔も変わらないようだ。

アイヌ語ヒボが琵琶湖に?

琵琶湖は滋賀県にある日本最大の淡水湖。断層陥没によってできたものだが、当初は現在の約3倍も大きかったという。琵琶湖という名称は、その形が楽器の琵琶に似ているところから、そう呼ばれるようになった、と考えるのは実に素直なことだ。ところが、これは定説ではないのだという。

琵琶湖の南西には標高848メートルの比叡山がある。快晴の日ともなれば、標高848メートルから見渡す景地は雄大で、遥か遠くまでも眺望できる。足元に広がる琵琶湖を見れば、京都寄りの南は細長く、北はぼってりとふくらんで、なるほど楽器の琵琶の形によく似ているではないか。細長い部分はネック、ふくらんだ部分は胴というわけだ。では、形から来た名称が定説でないとするなら、どんな説があるのだろうか。

かなりの昔までさかのぼる話だが、アイヌ語を語源とする説がある。大きなくぼみのことをアイヌ語でビボという。このビボが変化してビワと呼ばれるようになった。そのビワに琵琶の字を当てた、とする説である。さて、その形がまさに琵琶に似ていたのか、それともアイヌ語のビボだったのか。

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