雑学まとめ

当サイトでは、明日すぐに友達に話したくなるような、あらゆる情報を紹介しています。

コミュニケーション

演説が大衆に与える意味や観念

投稿日:

漢字制限によって言葉がやさしくなり、明治中期以後にようやくその芽を出しかけた「話すように書くこと」が普及してきました。全体意識は、もう少し残しておいたほうがよかったのにと思うほどなくなってしまい、こんなにたくさん出てくることはないのにと思うくらい個人中心の意識が出てきました。「諸君!」からはじまる演説独特の語調を作り上げていきました。今でも官庁の文書などに、この名残のようなものがあります。

話の素材のとり方も、足がしっかりと地についた誰にもわかる実生活のなかから、共感の呼べるものを選び出すことが必要になってきました。演説は日常会話の延長であり、ただ形式が異なったものと考えられるようになりました。状態としては、会話が常に相手との往復であるのに、演説は一方通行であること、聞く人が話の内容から、教養を得るとか、問題が新しく提出されるとか、楽しみを得るとかいったある結果をはじめから期待していることです。

演説が常に大衆を相手にするものであるという観念

日清日露の両戦役から第二次世界大戦終結までの軍国主義の歩みと、演説が常に大衆を相手にするものであるという観念は、全体主義と強く結びついて受け継がれてきました。第二次大戦が終わってから、そうしたものの価値がすっかり失われてしまったことはご承知のとおりです。「諸君!」にかわって「あなたがた」や「皆さん」が登場したのです。宗教団体の集会以外、集会に参加した人々の意志が統一されることはなく、身分関係も上下がなくなったので、諸君と呼びかけることもなくなりました。

会話の延長である限り、群衆を自分にひきつけておくひとつのコツは、群衆のひとりひとりと常に目を見合わせようとする心構えです。しかし、ひとりひとりといってもそれは感じの問題です。要するに、会場を公平に見渡しながら話をするということなのですが、これが容易にできないのです。また、自信のある人でも、意外にできていない場合が多いのです。

-コミュニケーション

執筆者:

関連記事

no image

うまく話すコツとはいったい何か?

楽しく話す。うまく話すなどは二の次です。ところが、現在は本末顧鋼して、自分を正すことがあとまわしになっています。PTAで司会役になったお母さんが、まだ先生の話が充分終わらないうちに、「何かご意見はござ …

no image

人間性を重視する話力

人間性を重視する話力とは何でしょうか? 話を聴いている人は、話している人をモデルと考えがちですが、それは間違いです。ことばでいうほど簡単に実行できないものです。だからむずかしいということになるのでしょ …

no image

ありがとうが言える人になろう

「ありがとう」と言うタイミングをはずしてしまうと、こころに弓かかります。ここで「ありがとう」と言うべきかしら、などと理屈で考えずに、気前よくサラッと「ありがとう」と言う習慣をつけましょう。声を出せない …

no image

健聴者は自分の五感が正常な状態だと思い込んでいます

健聴者の健、とはいったい何を指すのでしょうか。耳が聴こえるというだけで健聴者は自分の五感が正常な状態だと思い込んでいますが、本当に大丈夫なのか?「ろう者たちのほうが、健聴者よりよっぽど視覚がすぐれてい …

no image

自我防衛機制と合理化

人はどうも自分に甘いようです。それでいて、つまらぬいいわけだけは小利口に用意しています。そんないいわけを捨てて、自らの退路をたち切れば、いやおく弱い自分と闘わざるを得なくなるものです。 燃えつきれば結 …