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動物の叫び声は痛みを表すのではない

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あるときべルナール・ル・ボヴィエ・ド・フォントネルが、マールブランシュをサントノーレ街のオラトリオ会修道院に訪ねたことがあった。話している最中に、彼はマールブランシュが自分の足許で寝ていた妊娠中の犬を蹴とばすのを目撃した。犬は痛がって悲鳴をあげ、フォントネルはあわててそれをかばおうとした。知らんのかね、こいつはなにも感じないのだよ。

マールブランシュは平然とこう言ってのけた。デカルトの説によると、動物が打たれたときに発する叫び声は痛みを表すのではなく、時計やゼンマイじかけの玩具を落としたときにバネや鐘がガチャンと鳴るのと同じであった。デカルトの分析は、その後の動物に対する残虐行為の正当化に使われるようになった。デカルトの学説を敷術させたフランスの哲学者ニコラ・ド・マールブランシュは、動物は喜びを感じることなく食らい、痛みを感じることなく暗き、わけもわからずに行動する。彼らはなにも欲さず、なにも恐れず、なにごとも理解しないと主張した。

これらは感覚や知覚をもつ生き物ではない

結局のところ、これらは感覚や知覚をもつ生き物ではないのだ。彼らは研究のために分解されるただの機械にすぎない。やがてこうした論拠から、生物の血液循環のありさまを調べるために、動物の四肢に釘を打って解剖する実験までおこなわれるようになった。哀れな動物に同情する人々は、無知な愚か者として一笑に付された。動物の痛みや苦しみは現実のものではないのだ。道義上の問題を云々するにはあたらない。このような姿勢は過去の家味な時代のものに思われるかもしれない。

しかし、こうした極端な見方が、デカルトが学説をたててから、現在でもいまだに残っているのだ。実際、動物の心情はすべて意識とは無関係であるから、彼らが傷を受けても間接的にさえ倫理とは関わりをもたない特筆すべきは、こうした見解をもつ科学者も哲学者も、私生活ではまるでちがった行動と考え方をとることである。人間だけが意識と知能をもち、人間の苦しみや痛みだけが意味をもつという極端な概念を私生活でも貫くのは、きわめてむずかしいようだ。

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