トーマスいわく、マリアはすぐに、ひじを床について、遊びに誘うポーズをとった。追いかけて、と身ぶりで示したのだ。ミーシャはそのとおりにした。すばやく、陽気に、うれしくてたまらないといったようすで二頭の犬は部屋じゅうを走りまわった。ミーシャとマリアはたがいにすっかり夢中になり、ほかのことにはいっさい気づかなかった。
その日、ミーシャの飼い主がこの元気いっぱいの犬をトーマス家へ連れてきた。ミーシャは跳ねまわるようにしてリビングルームへ入ると、あたりを見まわし、すぐさま美形のマリアに目をとめた。その瞬間、ミーシャは彼女の足もとへすっ飛んでいき、すべるようにして足を止めた。
ミーシャは、自分の飼い主が去ったことにすら気づいていなかった。よろこびいっぱいの二頭は、あっという間に離れがたい存在になった。食べるときも、寝るときも、散歩も一緒。四匹の元気な子犬をもうけ、ともに育てたーしかしそれも、ミーシャの飼い主が彼を田園地方の知り合いに譲ってしまうという、暗い日が来るまでのことだった。
彼の帰宅をあきらめるようになった
やがて彼女も、彼の帰宅をあきらめるようになった。それでも、「マリアは彼を失ったことから最後まで立ち直れなかった」とトーマスは書いている。「彼女はかつての輝きを失いほかのオスとは永遠の絆を結ぼうとはしなかった。それから何年かのあいだに、りっばな独身のオスが何頭か家族に加わったというのに」。
動物は好みがうるさい過剰なエネルギーにあふれ、特定の相手に一心に注目し、「特別な」パートナーを追いかけ、食欲不振に陥り、辛抱し、やさしく愛撫し、キスし、よりそい、これらはすべて、恋する人間に見られる顕著な特徴である。
そのあと何週間にもわたって、マリアはトーマス家の窓際に腰を下ろしていた。あの日、まさにその場所から、愛するミーシャが無理やり車に乗せられる光景をながめていた。その場所で、彼女は思いこがれていたのであった。