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医療

大学病院の専門医が生き残る手段だという発想について

投稿日:2014年11月18日 更新日:

専門医が、大学病院で生き残る手段だという発想が、すでに現状の医療とは違ってきているのではないだろうか。医者はみな専門家になるべく、波々としているが、実際にどれだけ専門医が必要かどうかという調査もなく、あくまでも医者の主体性にまかせてあるために、必要のない専門医を作り出していることも事実だ。そこに医療の需要と供給のアンバランスが生まれている。

その病気の権威者になり、全国から患者が集まってくるほどの名声を得れば、それもできるかもしれない。しかし、名もない一般の医者なら、いくら専門外来とはいえ風邪やら、ただ血圧を測るだけの患者を主に診なければならず、研究者としてのモチベーションは上がらず、単純に仕事をこなしているという意識にならざるを得ない。

大学病院は診療だけでなく、教育、研究の三つをうまくこなさなくてはいけない。そんななかで評価の対象となるのは、研究だけである。とくに外来では、いくら臓器別になったとはいえ、自分の専門の病気だけを診ていればいいのではない。したがって、診療への意欲は、自分の研究につながるものでなければならず、純粋な意味で医療をやって、患者を助けるという方向へは行き着かない。

初診に何らかの規制があるわけではない

海外の大学病院のように初診に何らかの規制があるわけでなく、直接行けば誰でも診てもらえるという日本式の大学病院の医療のやり方は、国民全体の寿命を延ばすという意味では、世界的に見ても正しかったかもしれない。しかし、医療の質を問われる現在、国民が誰でも受診できるという日本式大学病院医療が正しいかどうかは、何ともいえない。

患者数をこなさないと利潤が上がらないという大学病院の外来システムでは、医者が意欲を持って診療を続けるには、あまりにも過酷な状況である。午前中三時間で五十名の患者を診るという日本的大学病院の外来諸療のやり方が、正しいかどうかは意見の分かれるところだ。

医者側にすれば、外来では自分の専門的知識を生かし切っていないというのが、本音であろう。逆にいえば、首都圏近郊にある大学病院では、臓器別にして専門性を高める必要がないということになるかもしれない。

ただ、医療費の面から見れば、果てしない無駄を行なっていることは間違いない事実だ。さらに、大学病院へ通う時間的ロスを考えても、改善すべき状況になってきている。

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