雑学

7という数字が使われている意味

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7という数字が使われている意味

7という数字が使われている意味をご存知だろうか。世界の七不思議、ギリシアの七不思議、親の七光、なくて七癖など、7という数字は古くからよく使われている。これには意味がある。旧約聖書の創世記に、神は6日働いてこの世をつくり、7日目に休息をとったとある。

これは、昔ユダヤ民族がバビロニアで強制労働を強いられたときに生まれた制度で、それ以来、7という数字は西欧では神聖な数とされてきた。それでは、何故7が選ばれたのか。アメリカの心理学者、G・シュパーリングは、次のような実験を行った。

乱数表のようにランダムに並べた12のアルファベット文字を被験者に一瞬だけ見せ、記憶に残っている文字を言わせた。その結果、平均して5~9文字、つまり7前後であったという。この実験は、我々が一度見たり聞いたりしたことを、その場で思い出せるのは7程度であることを示唆しているのである。

日本でもラッキーセブンという概念は浸透しており、「7」 は幸運の数字であるとされている。七不思議(ななふしぎ)は、ある地域や場所において起こる不思議な7つの事柄を指す語。

数学者ピタゴラスは、完全数3と世界数4を足した7の数字を宇宙の数字と定義付けたという。

七日は神が天地を創した日数といわれ、七日目を安息日として神をたたえる日と定めたことからも、聖なる数字として定着した。

糟糠の妻

糟糠の妻というと、ぬかみそ漬けを作り、夫に尽くす貞淑な妻というイメージが浮かんできがちだが、これは誤り。糠は確かにぬかだが、ぬか漬けとは関係がない。このことばにまつわる話が、中国の、後漢書。宋弘伝の中にある。宋弘は後漢の光武帝に仕えた大臣。

帝の姉の瑚陽公主が夫を亡くしたため、帝は気の毒に思い、新しい夫をさがしてあげようと考え、そこで湖陽公主にそれとなく、誰に好意を持っているかとたずねたところ、宋弘の立派な風采と人柄は、群臣の誰も及ばないといったので、帝はひそかに湖陽公主を屏風のかげにすわおせておいて、宋弘を呼んだ。

貴くしては交わりを易え、富みては妻を易う。ということわざがあるが、これが人情というものであろう、と帝がいうと、宋弘は、わたくしは貧賤の交わりは忘るべからず。糟糠の妻は堂より下さず(貧しく身分の低かったときの友人を忘れてはならない。糟糠の妻を家から追い出すようなことはしない)と聞いておりますといった。糠は米ぬか、つまり貧しいころ、これらを食べて共に苦難をわかちあった妻という意味なのだ

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